１９５７．０４．２７．

　　　　　　　　　　　　　　　　河童ヤメラリョカ物語　　　　　　　　　　　　　安藤　義信

　一体何のために山に登るのかと問われて、ある登山家は「山があるから・・・」と答えたそうであります。
我々河童も何のために泳ぐのかということをよく訊ねられるのであります。

　ある河童はこれに対して、「俺は水泳を性欲のハケ口にしているのだ。」と答えたことがありました。
これには我々も驚きました。又別の機会に、あるエセ科学者は、こうもいいました。「君、泳いでいる時
にね、冷たい水がすうっと頭から胸、胸から腹、腹から股に、ここちよくふれていくのを感じるだろう。
あれだよ。あれも一種の性感で、河童はあれを楽しんでいるのだよ。」・・・

　非常に科学的な見解であります。フロイド大先生の影響がこんな所に迄及んでいようとは、お河童様
でも御承知なかったでしょう。ところがもっと驚くべきことは、他の河童が、一匹としてこれに異議を唱え
なかったのであります。当河童国では、新説に対しましては必ず異議をさしはさむことがエチケットに
なっております。それをこの場合には、皆口嘴をゆがめてニタニタしただけで、あえて礼を顧みなかった
のであります。

　「泳ぐのは性欲を満足させる為である。」などといえば、「健全なる精神は健全なる肉体に宿る。」という
名言（これは誤訳も甚だしく、本当の意味は、「健全なる肉体に健全なる精神の宿ることが望ましい。」
という意味なのであります。）を教えて下さった高津の秋山敏先生（＝デッサン）に叱られそうです。
しかし我々河童は、まちがった教義よりも実感を尊ぶことにしています。その方がモダンであります。

　泳ぐことが性的快感を満足させることにあるとしますと、人間サマのなかにはこの種の快感を味わえ
ないお気の毒な方＝一種の性的不具者がたくさん居られるようであります。

　フジヤマノトビウオが獲れることからもよく判るように、ニッポンにはこの種の不具者は比較的少なか
ったようであります。ところが最近になって、なんでもガリベン種とかいう新種が発生し、このガリベン種
が非常にこの病気にかかりやすくなったそうであります。よそごとながら、我々もこれには心を痛めて
いるのであります。

　この病気の初期には、他人が快感を覚えているのをまわりで眺めているだけで満足するという徴候
があらわれます。（何と悪趣味なことでしょうか。）　そうして次には彼らは、白い紙の上に並んだ黒い
しるし（私には何かよく判らないのですが・・・）をじっと見つめるようになります。そして次第に泳ぐ快感を
理解できないカタワになっていくのであります。あんなに眼が血走っている所を見ますと、ひょっとすると
あゝいう事をするのにも、何かの快感を覚えているのかも知れません。それならそれで結構だと思いま
すが、泳ぐ快感を忘れた点はやはりカタワだと思います。

　又我々も泳ぐ快感を忘れさせてしまうほど魅力的な快感があるのでしたら、そういうものも厚かましく
味わいたいと思います。それでないとやっぱりカタワだと言われますからね。

　河童は全智全能でなければなりません。あらゆる快感を味わいましょう。

　　　　河童　ヤメリャリョカ　　アリャ　　　　　　　　　　　水の音にぞ　　アリャ
　　　　　　河童　ヤメリャリョーカ　　ノーエ　　　　　　　　　　気を勇ませて　　ノーエ
　　　　河童　水の　　アリャイッチョマタ　　　　　　　　　世界のレコード　　アリャイッチョマタ
　　　　　　主じゃもの　　ノーエ　　　　　　　　　　　　　　　　　破ってやれ　　ノーエ　　　　　

　　　　河童　良いもの　　アリャ
　　　　　　はだかで　はだし　　ノーエ
　　　　白い　目玉が　　アリャイッチョマタ　
　　　　　　チャームする　　ノーエ　　　　　　　　　　　　　（東大水泳部　　河童踊り　の歌　から・・・）