２００８．０４．１５．

　　　　　　　　　　　瀬　戸　大　橋　開　通　２　０　周　年

　　　瀬戸大橋が開通２０周年を迎え、１３日
　　　に記念のマラソン大会が開かれた。
　　　車の通行を一切禁止して行われたのは
　　　２０年前と同じであった。

　　　神奈川県から唯一人開通時の大会に
　　　参加した小生は、やはり特別の感懐を
　　　覚えた。

　　　しかし料金が高くて通行量が思うように
　　　伸びないことばかりが報道され、昔の興
　　　奮、熱気は全く忘れられていた。

　　　　　　（映像：NHKテレビ）

　そこで僕は、此処に、あらためてその時の感慨を再録しておくことにした。

　本州と四国の間に橋がかかる。それを自分の足で走って渡る。
　この夢みたいな話が４月２日（土）、本当になった。

　開通記念行事で、最初で最後のマラソン大会が瀬戸大橋で行われると聞いたのは昨年の暮れ。
自信のないまま１５Kの部に参加を申し込んだら、運よく抽選に当たった。早速練習開始。月間の
走り込みも６０Kを超え、仕上がりは順調に進んだ。
　“痛っ”。３月２３日、練習中突然右足に激痛が走った。ふくらはぎの肉離れだ。“しまった”。これ
をやると１ヶ月はまず走れない。一挙に絶望の谷に突き落とされた。

　しかしなんとか走りたい。一度は海の上に立ってみたい。たとえ完走は無理でも・・・。
　それからというものは、冷却、鍼、マッサージ、サロメチール、モビラート・・等、あらゆる治療を試
みたが、とうとうしこりはとれなかった。

　スタートの時が来た。１０日間一歩も走っていない。階段を降りるのもまだ怖いのだ。全くのぶっつ
け本番である。ともかく行けるところまで行くしかない。最後尾からおそるおそる、ゆっくり足を踏み
出した。せめて走るふりぐらいはせねばならなかった。なんとか足は動いてくれた。

　１Kの地点に来た。ラップは何と８分３３秒。練習の時より３分も遅い。しかし、これで良いのだ。
　汗と薬で、分厚いウェアの中、腰から下はやけどをする程熱くなった。しかし、この熱さが筋肉の
柔らかさを保ち、痛みを麻痺させてくれているようだ。

　３K。ついに海の上に出た。世界一の南備讃瀬戸大橋にさしかかった。小雨に烟る中に銀色の
塔がそびえる。その中へ一歩一歩足を踏み込んでいるのだ。遠くに島々がかすむ。

　不思議に風はない。
　思わずうれしくて涙がこぼれてきた。
　今日のことは誰に感謝すべきなのだろうか。ジョギングの楽しさを教えてくれた人。治療のアドバ
イスをしてくれた人。勇気づけ、応援してくれた人。いろんな人の顔が浮かんで来た。
　しかし、やっぱりお前、右足大明神様が一番かな。

　歩き出す人が次々に出て来て、走っているのはまわりでは僕一人である。足も、“御主人様、
大丈夫ですよ。もう少し速く走りましょうよ”と言ってくれ始めた。“駄目駄目、お前は調子に乗ると
すぐ壊れるのだから・・・。僕は足を抑え、なだめた。

　突然ゴーッという大きな音が聞こえてきた。足の下を試運転列車が通り過ぎて行くのだ。しかし、
橋はほとんど揺れない。すごいものだな、と思った。少し端に寄って海の下の景色を見たいと思う
のだが、危険防止の為に監視員がそれを許しくれない。

　俄に前の方が騒がしくなって来た。先頭がすでに折り返して来たのだ。喜多、宗　猛、の二人に
続いて、箱根駅伝を走った選手達が来た。１０１，１０２，１０３・・・と、ゼッケンの番号通り。手を
あげて挨拶したが、彼等はまさに韋駄天の如く、風の如く通り過ぎ、僕は無視された。すごいな
と思っていると、後はだんだん賑やかな集団が続いて来た。かなりくたばっている人もいる。

　走っている中では依然として僕が一番後だが、歩きはじめた人は随分追い越した。
　完走への意欲が出て来た。折り返し点を５０分以内に通過しないと車に収容されるという注意を
思い出した。時計を見ると、ちょっと急がねばならない。まだ呼吸の方は十分に余裕があるので、
そうなるのは残念だ。僕はちょっとペースを上げた。４９分４３秒。辛うじて折り返し点をクリアーして
僕は又、足を庇ってペースを落とした。

　折り返し点は、岡山側からの折り返し点でもあり、与島と言う島の上であった。ここで、香川、岡山
の双方から走って来た人々がもう走るのは止めて、何百人もが車座になって感激にひたっていた。
　僕の頭には、もう完走することしかなかったから、それに加わっているひまはなかった。

　帰路は吊橋やトラスト橋をあらためてゆっくり眺めることが出来た。
　微妙な曲線や勾配の変化を観察することが出来た。
　反対側の車線には、いつしか１０Kの部に参加した人々があふれるようになっていた。これらの
人々はもうほとんどが歩いて居り、その隣を黙々と走り続ける僕を応援してくれた。

　１０K地点を過ぎる頃には、若い高校生にも脱落者が目立ちはじめた。僕は全く快調である。
しかし、１２Kあたりから、腿のあたりがやゝ重くなって来た。僅かな上りになっていた。

　いよいよゴールまであと１．８K。スタートした地点に戻って来た。ここからは急な下り坂になる。
雨に濡れた道はすごく滑りそうである。僕はうんとスピードを落とした。ここで一歩でも滑って足を
痛めたらなんにもならない。ますますゆっくり確実に足を踏みしめた。

　ついにゴール。時間は１時間５２分１６秒。
　目標の１時間３０分は切れなかったが、とにかく制限タイムの２時間をクリアー出来た。
　僕より後から来る人は居ても、もう走ってはいない。僕は自らを　“最後の完走者”　と名付けた。　
　気持ちは満足感で異常に高揚して居り、じっとしていられなかった。大声で叫びたかった。
　疲労感は全くなかった。

　四国は父の故郷であり、又この日は亡母の七回忌の命日でもあった。
　奇蹟とも言うべき完走を達成出来たことに、僕は今でも宿命的な不思議を感じている。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―　１９８８．４．２．　―

　僕はこの１０年後、「明石海峡大橋」を家内と二人で走って往復し（世界ベテランズロード選手権）、
更にはその翌年、「しまなみ海道」　を歩いて踏破した。　
　「ベイ　ブリッジ」　や　「つばさ橋」　の開通記念マラソンにも参加した。
　「レインボー　ブリッジ」　を歩いたことは、ついこの間ご報告した。
　何れも懐かしい思い出となっている。